「Weの市民革命」 新たな時代のマーケティングの教科書

「Weの市民革命」 新たな時代のマーケティングの教科書

『Weの市民革命』というタイトルから、リベラルによる市民革命、デモや政治参加を想起する人もいるかもしれない。たしかにその側面もあるのだが、むしろ、これからの市場動向に関心のあるマーケターや、新しい資本主義というワードにソワソワする人、会社組織というものの成り立ちや歴史に関心がある人にこそ、この本をおすすめしたい。

トランプからバイデンへと政権が移行する過程で、アメリカで何が起こっているのか。ミレニアル世代・Z世代と呼ばれる若者たちがどのような政治的心情や価値観を持ち、消費や運動を通じて、どのような世界を求めているのか。ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動や新型コロナウイルスがどのように受け止められているのか。2020年12月に刊行されたこの本では、NY在住の著者が現在進行形のアメリカを描いている。

背景にあるのは、環境問題、GAFAに代表されるプラットフォーム経済の台頭、格差の拡大だ。特に印象的だったキーワードは、以下の3つ。

企業の社会的責任とコーズ・マーケティング

コーズ・マーケティングは、直訳すれば「大義によるマーケティング」となる。コーズ・マーケティングの事例として、著者は2018年にナイキが打った広告を挙げる。

NFLのスタープレイヤーであるコリン・キャパニックを起用し、「Believe in something. Even if it means sacrificing everything.(何かを信じろ。それがすべてを犠牲にすることであっても)というコピーを掲げた。キャパニックは2016年、BLM運動に賛同して、試合前の国歌斉唱時に起立を拒否し、大きな議論を呼び、フリーエージェントになってから契約できない状態が続いていたという。

自分のキャリアを犠牲にしてまでも意思を貫いたキャパニックをたたえ、BLMをめぐる対話の促進を目的にしたこのキャンペーンは、プログレッシブ・リベラル層には賞賛されたが、保守層は激怒してナイキの商品を燃やした。結局ナイキは、プログレッシブの若者たちのあいだでのブランド価値を上げ、それによっても株価が上昇することになった。

消費アクティビズム

ナイキの決断を称賛し、株価を引き上げたのは、一人ひとりの消費者だ。ナイキの事例に限ったことではなく、たとえばトランプ政権と金銭的な関係のある企業への不買運動では、ミレニアル世代・Z世代が中心となり、「#GrabYourWallet(財布をわしづかみにしろ)」というハッシュタグを駆使し、Uberへの抗議では「#DeleteUber(Uberアプリを削除しろ)」というハッシュタグによるボイコットが起きた。

アメリカのミレニアルたちはいま、世代別の購買力を見たときにぶっちぎりでトップを走っている。アメリカ労働統計局のデータによると、年間にミレニアルが使う金額は1人あたり平均約4万7000ドル、世代全体で見ると年間6000億ドルの購買力を誇る。
そのあとに続くのは、「ジェネレーションZ(Z世代)である。(中略)人口の規模も大きく(2020年時点で8600万人)、購買力でもミレニアルを抜くポテンシャルを持っている(同時点で推定1430億ドル)。
この2世代が共有するのは、圧倒的にリベラルかつプログレッシブな価値観だ。

著者は、消費者たちが自分の財布を使うアクティビズムを「消費アクティビズム」と呼ぶ。そのアクティビズムの中心にいるのは、ミレニアル世代・Z世代であり、いまや彼らが消費の主流となっている。

SDGsに取り組まない企業から積極的にものを購買しないという話はしばしば聞く。この本では、彼らの属性や嗜好、その背景となるアメリカの「今」が緻密に分析されている。

プラットフォーム・コーポラティズム

GAFAをはじめとするプラットフォーム経済の台頭によって、Uberドライバーのように、ギグワーカーと呼ばれるフリーランス就労人口が急増している。組織に属さず、時間や場所に囚われず、自由に働くことができる一方で、従業員ではなく個人事業主であるために、最低賃金の保障はなく、社会保険や福利厚生も適用されない。

「自由な働き方」を夢見たワーカーたちがGAFAに代表される大企業に搾取されているのではないか? そんなプラットフォーム経済に対する労働者側からのカウンターとして登場したのが「プラットフォーム・コーポラティビズム」だという。

コーポラティズム、つまりギグワーカーたち自身がオンライン上にプラットフォームを構築し、顧客から仕事を請負い、仕事や収益を分配する協同組合(コープ)。誰かが熱を出せば、代わりの組合員が仕事に行く。

ちなみに『ネクスト・シェア』という本によれば、2016年の米国大統領選予備選でヒラリー・クリントンに敗れたバーニー・サンダースも、政策に協同組合を掲げ、イギリス労働党の党首ジェレミー・コービンは、8項目の綱領の中に「プラットフォーム・コーポラティビズム」を含む「デジタル民主主義マニフェスト」を発表したという。


上記3つのキーワードは、これからの市場において、企業がどのようなメッセージを発信していくべきかというヒントを示唆しているように思う。

アメリカの企業文化のメインストリームは、1970年代にシカゴ大学のエコノミスト、ミルトン・フリードマンが説いた「企業の社会的責任は利益を最大化することである」という考えに基づいておおむね運営されてきた。

しかし、時代とともに、企業の「社会的責任」の意味が変容してきたのだと著者は指摘する。その変容がたどり着いた先が、上記にある「コーズ(大義)」ではないかと。

かつて企業は利益を最大化さえしていれば、再配分を通じて、弱者を救ったり、技術革新に貢献できていたかもしれない。それが立ち行かなくなってしまったのは、環境や格差問題があまりにも巨大だからだろうか。企業は利益を最大化するばかりではなく、事業を通じて、目の前にある社会的責任に取り組む必要がある。そんなふうに競争のルールが変わりつつある。

新たな競争ルールの中で、株式会社という形態が最適なのか、あるいは協同組合のように、かつて注目された形態が再び注目を集めるのか。所有や統治という普遍的なテーマについても、多くの示唆に富んでいる。

『Weの市民革命』