サントリー宣伝部という”遊び場” 『やってみなはれ みとくんなはれ』
何年か前に薦められて買ったものの積読のままになっていた本を読んだ。
読んでいなかったのは、表紙のイメージのためか、てっきり対談本だと思いこんでいたからだが、そうではなく、山口瞳が書く創業者・鳥井信治郎、開高健が書く後継者・佐治敬三。ふたつの物語がサントリーの社史になっている。
サントリー社員だった二人が、芥川賞、直木賞作家となったのもすごいけど、さらにすごいのは、受賞しても社員で居続けたことだ。だから社史も、筆力が凄まじいのはもちろん、会社や経営者に対する愛情に溢れまくっている。
というか、社史ではあるのだが、同時に、なぜこれほどまでに惹きつけられるのか、自分たち自身が解明しようとする取組みのようでもある。「社内に熱気が溢れていた。それはときに殺気だっているかに見えた。よく見れば和気藹々だった」。その熱気は一体どこから来るのか、祭りのような高揚に突き動かされるのはなぜかと。
私たちを遊ばせ、泳がせていたのは、宣伝部長の山崎隆夫平井鮮一である。それを動かしていたのが佐治敬三である。そいつを遠くからあやつっていたのが鳥井信治郎である。「やってみなはれ」という遠くからの声である。
「やってみなはれ」とは、創業者・鳥井信治郎の口ぐせだったそうだが、いまでもサントリーのDNAとして受け継がれていると聞く。遠くからの声。それこそが企業文化であり、その会社を存在せしめる理由なのだろう。
作家と経営者のタッグについては『佐治敬三と開高健 最強のふたり』がメチャメチャ面白かったし、当時のサントリー(壽屋)にどのような才能が集結し、熱気に溢れていたかは『壽屋コピーライター 開高健』に詳しい。でも本人たちが、その体重をかけるように書いた社史は、別の意味で胸に迫る。
二人の経営者が生きた明治・大正・昭和。ワイン、ウイスキー、そしてビールが日本に普及した挑戦の軌跡。才能が集い、エネルギーが生まれる。その場で遊び尽くした天才によって、このような社史が書かれるのは、すごいことだなと思う。